【ヨシカワ☆たゐむず】金融ソリューション開発部 銀行システム開発課 信岡智課長 編

「ヨシカワ☆たゐむず」とは

役員や社員のインタビューをお届けします。読者の方々には、シー・エス・エスのことを知って頂き、ファンになって頂ければとても嬉しいです!

 

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本日のゲスト

金融ソリューション開発部

銀行システム開発課

信岡 智課長

 

インタビュアー

代表取締役社長 佐川 学

 

デジタル・マーケティング本部 芳川 竜弥(ヨシカワ)

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はじめに

 

皆様、こんにちは。急な冷え込みで風邪引きそうになっています。ヨシカワです。

 

今回は、銀行システム開発課の信岡智課長に、北陸常駐時のお話やマネジメントの仕事について伺いました。インタビュアーには、ヨシカワに加え社長に参加して頂いております。

(新型コロナの影響により、リモートでインタビューを行いました)

 

 

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※写真 下:信岡智さん 左上:佐川社長 右上:ヨシカワ

 

 

Q 若かりし頃のお話

 

ヨシカワ:本日はよろしくお願いします。

 

信岡智課長(以下信岡):よろしくお願いします。

 

佐川社長(以下佐川):よろしくお願いします。

早速ですけど、若いころのお話からお聞かせいただけますか?

 

信岡:わかりました。一年目は証券会社のバックオフィスの刷新プロジェクトに携わっていました。具体的に話すとリテール側の残高管理のシステムやフロント側の取引のシステムのマイグレーションをしていました。元々、ホールとリテールで一緒に開発していましたが、途中から別々に開発するようになって、私はリテール側に携わったっていう感じですね。

 

佐川:もう20年以上前ですけど、まだ全部は終わってないですよね。

 

信岡:おそらくそうですね。私は10年くらい携わっていまして、最初はメンバーとして入ったのですが、人の入れ替わりでリーダーを任されて、進捗管理とか、要件定義から設計、開発、テスト、実施まで対応をしていました。

 

佐川:信岡さんの世代は若い人がリーダーをやるケースが多かったですよね。

 

信岡:そうですね。最初に顧客の残高管理と同時に顧客情報の管理もやっていました。そこからMRFとか投信とかやって、株も手を付けたり、外債までやっていました。そのあとに債券とかもやるって話でしたけど、そこまではやりませんでした。でもその証券会社様は債権が強かったのですが、後回しにしていたので、結構システム的に重かったのではないかと思いますね。

 

佐川:なるほど。一気に開発していた訳ではなく、順序立てて開発していたのですね。

 

信岡:携わっていたシステムって証券会社同士で使うシステムだったんですよ。だからユーザーさんも証券会社の人でした。

 

佐川:信岡さんは若い頃に長い期間そちらの証券会社様で仕事をしていたから、そこにいる方と仲がいいですよね。

 

信岡:そうですね。最初の頃はホール側の人達と一緒に開発をしていたので、そちらの業務の方々と交流がありましたし、リテール側の方々とも、その後仕事で関わりましたので、仲良くさせていただいていました。役員になっていらっしゃる方もいると思います。

 

Q 北陸常駐時のお話

 

佐川:証券のプロジェクトが終わってから、北陸に行って地銀の仕事でしたよね?

 

信岡:そうですね。地銀向けの営業店端末システムのマイグレーションっていう話ですね。

 

佐川:その仕事は北陸にずっと常駐でしたよね。本当は神奈川でやるって話していませんでした?

 

信岡:元々は、神奈川でやっていたんですよ。そこで首都圏にある銀行と北陸にある銀行が一緒になって、勘定系システムを共同で作る事になったんですよ。場所が遠隔地にある銀行同士が協力した理由は、コストメリット以外に、あまり近いとライバルになる可能性があったからです。

 

佐川:それで、わざと遠いところ同士で開発していたの?

 

信岡:そうですね。あまり近いとお客様を奪い合うことになりますね。

 

佐川:なるほど。お互いのお客様のデータを同じシステムに格納することも問題あるかもですね。でも、当然、参照できないようにはしてるはずですし、他の共同システムなんかは、割と近場の銀行同士が同じシステムを使っているケースが結構あるような気もしますけどね。

 

信岡:当時、私はメーカーの開発の人達がいる中でやっていまして、打ち合わせの時に共同部分のところを北陸の銀行と首都圏の銀行でどっちに寄せるかっていう話し合いをしていました。そこで銀行の担当者が何回も来て、確認するっていう感じだったんですよね。

 

ヨシカワ:北陸から来ていたのですか?

 

信岡:そうですね。北陸の人も首都圏の人も神奈川に来て会議しましたね。その後、北陸が先行して開発を開始する話にまとまって、北陸でシステムに携わる人達と話さないといけないので、現地に常駐するってことになったんですよね。そこで、最初に営業店システムのマイグレーション案件に参画することになりました。でもその案件は2年くらいで終わったのですよ。そのあとマイグレーションの案件に参加したのですが、当時、勘定系システムを共同で開発するって話が、コード体系がお互い違うまま相乗りしちゃったので、これがけっこう大変で。

 

佐川:それぞれの銀行が使用しているコードが違うってことですよね。

 

信岡:はい。内部のデータって、それぞれの銀行でコードが違ってくるので、ホストのコード体系も統一しようってなって、片方の銀行に合わせることになったんです。ただ、それが大ごとで、コード体系が変わると周辺のシステムで使っているシステムのコード体系も変更をかける必要があるので、それを5年くらいやって、やりきるまで北陸に常駐していたって感じです。

 

佐川:結局、何年くらい新潟に常駐していたのでしたっけ?

 

信岡:7年です。長かったですけど、銀行の人って証券の人と考え方が違う部分もあったので、そこはいい経験になりました。

 

佐川:長く常駐させて申し訳なかったです。現地ではマネジメントする立場になっていましたよね。

 

信岡:そうですね。私はメーカー企業の協力会社として参画していたのですが、プロパーの方と同じ立場で銀行と話したり、銀行と調整して神奈川にいる開発部隊に渡して、開発してもらって、そのテスト結果をチェックして銀行に見せて、最後に銀行のユーザテストに付き合うってことを何回もしていました。だからわりと上流な方ですね。

 

佐川:銀行ってお金を扱うし、システムの開発の進め方は厳しいところありますよね?

 

信岡:そうですね。確認の部分とか、ちゃんとやっていれば問題なかったんですけど、銀行ってどのくらい厳しいのかなって思っていたので気は使いましたね。

 

佐川:重要なポジションで管理側の対応をしていると、なかなか別の仕事に異動をかけられなくなっちゃうんだよね。今のプロジェクトもこんなに長くなるとは思ってなかったしね。人間関係難しいところ行っても、信岡さんうまくやっちゃうから、いつも周りから頼られる存在になりますよね。

 

信岡:おかげさまで(笑)

 

Q そしてメガバンクの案件へ

 

信岡:今はメガバンクの基盤システムの保守を担当させていただいてます。

それにしても最近忙しくて。

 

佐川:あ、忙しいのですか?

 

信岡:はい、とても(笑)サーバーの保守期限が来たので入れ替えましょうって話になりまして、サーバー10台単位くらいの入れ替えで、億単位のお金が動くので、細かいところまで提案するんですよ。それで、役員の方々にまで説明が必要なんですよね。そうなると資料の細かいところまで凝って、ギリギリまで現場でレビューをお願いしてもらって、そこから最終的に銀行の役員にレビューするので、資料の準備だけでも大変なんですよ。

 

佐川:役員のレビューは、信岡さんはじめ我々の会社でするのですか?

 

信岡:それは銀行のプロパーの方に任せますよ。役員のレビューについては、ただ資料を作ってくれって話です。こういう情報をまとめてくれとか、こうした条件でどのくらいの金額が変わるのかといった依頼はよく来ます。

 

佐川:似たような経験は今までも多かったとは思いますが、今回は内容も大規模で、銀行とハードを扱っているメーカーさんの間に立って調整するわけですから結構大変ですよね。ところで、管理者として入っているプロジェクトが大半だったと思うのですが、マネジメントするうえで大変だったことって何ですか?

 

信岡:そうですね。若いころマネジメントをしている時は、管理下にいたのが恐れ多くもベテランの先輩たちだったので、気は使いましたけど、皆さん経験が豊富なので仕事は進めやすかったです。北陸のころも、別の会社の方々に仕事の依頼を出す立場になっていて、気は使ってましたね。

 

佐川:先輩の皆さんが対応してくれたのであれば、若手と違って仕事が早かったのでは?

 

信岡:そうですね。そういった意味だとやりやすさはありましたね。でも、時には頼むときに理屈が通らないとやってくれない方もいて説明とか大変でした。

 

佐川:それは、皆さん意味のない仕事はやりたくないですからね。こだわりもあるだろうし。

 

信岡:でも、結果的にはいつも協力していただいて、最終的にプロジェクトは概ねうまくいきました。

 

 

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Q 仕事に対する考え方は?

 

ヨシカワ:仕事をしていく中で常に考えていることって何でしょうか?

 

信岡:優先順位をつけることです。やるべきことがどんどん来て、来たものから手を付けても混乱するだけで優先するべきものがわからなくなってしまうんですよ。そうならないためにも、タスクが降ってくるたびに、自分は何を抱えて、どこまでできて、じゃあこれを優先しようとか、タスクのコントロールは必要かと思いますね。

 

佐川:複数の仕事が入ってくる人だと調整能力がすごく大事になってくるよね。あとは、現場のトラブルにも対応しないといけないから大変だよね。

 

信岡:そうですね。一度経験しておくといい勉強になるかもしれないですね(笑)

 

ヨシカワ:信岡さんにとって「仕事」って何ですか?

 

信岡:いきなり哲学的な質問きましたね(笑)

 

佐川:信岡さん自身は、楽しんで仕事していますか?

 

信岡:そうですね!

 

佐川:それはいいですね。仕事って人生の大半の時間を過ごしているので、やるなら楽しんだ方がいいですよね。

 

信岡:そうですね。でも楽しめるって言えるほど仕事人間ではないと思いますね(笑)

 

佐川:仕事でどんなことが楽しいって思いますか?仕事をこなすことですか?

 

信岡:評価してもらうときが一番楽しいですね。認めてもらえるというか。

でも、管理業務って日々の成長があまり感じられないですよね。

 

佐川:確かに目に見える成果物って、製造を担当している人と比較すると、あまりないですからね。

 

信岡:管理をする立場の仕事については、北陸の時もありましたけど、頼られている実感が湧くとうれしいですね。

 

ヨシカワ:なるほど。とてもいいですね。ではインタビューは以上になります。

ありがとうございました。

 

信岡:ありがとうございました。

 

佐川:ありがとうございました。

 

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信岡智課長ありがとうございました!インタビューにご協力していただき、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。

 

新潟に常駐している時のお話やマネジメント業務について、なかなかお聞きすることができない内容が多く、大変勉強になりました!

 

次回もお楽しみに!ありがとうございました!